第八回 フラスコ

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野毛山フラスコとスペイン人ジャグラー ラミロ

一番右が若き日のラミロ

一番右が若き日のラミロ

野毛坂の中央図書館の反対側の空き地に建っていた「野毛山フラスコ」は横浜市中央図書館の建て替えの際の仮庁舎で、1991年頃から野毛大道芸の本拠地として横浜市から借用して大道芸の事務局や稽古場に使っていたところでした。大道芸の稽古場だけではなく劇団「横浜ボートシアター」の事務所も同居し、大道芸アートディレクター森直実さんのアトリエも2階への階段下、三角の隙間に有りました。演劇、ダンス、パントマイム、ジャグリングなどの定期教室も開かれていて、現在も続いている種目もあります。大道具を作るマジシャンもいたし、壁側に一輪車が数台立てかけてあったことがよく思い出されます。

「フラスコ」という名前は万里の福田さんが科学実験に使うフラスコに「何かと何かを入れて混ぜたら何かが出来る」というぶっ飛んだ発想から来たもので、実験的に新しいものを生み出す場としてはにぎわい座地下の「シャーレ」もそこから出たネーミングなのです。

中国雑技の王健の練習姿を見ていた横浜夢座の五大路子さんが彼を数回夢座の舞台に立たせたのは「野毛山フラスコ」の理想を形にしたものだったのかもしれません。

私の手元には色褪せた20年以上前の写真があります。

国籍がばらばらな芸人達の練習風景。ロシア人のアクロバット芸のアンドレイ、中国雑技の王毅、王健、横浜出身でフランスのサーカス学校まで行きドイツで活躍したヨーヨーYukki!そしてスペイン人のジャグラーラミロ。

皆楽しそうに練習しています。肩を組んで笑ったシーンもあり、これは私の宝物です。

その人達、現在は皆リタイアして現役は誰も居ないと思っていました。

そのジャグラーラミロに最近再会しました。しかも野毛のショーパブ「うっふ」です。

オーナーは野毛大道芸の初代プロデューサーイクオ三橋さん。

ジャグラー仲間からジャグラーラミロという名前をきいて、まさかあの少年だった彼が日本に来てステージに立っているなんて信じられなかったけれど、当日のラミロは髭をたてたダンディーなスペイン男になっていました。ジャグリングはピンを使った作品で特徴は体全体を使う事。ステップを踏みながらのジャグリングは昔のタップダンサー、フレッドアステアーを思い出す粋なスタイルでした。さすが海外で揉まれていると洗練されますね。

1回目のショーでは7本のピンを失敗して、それを反省したものでしょうか、2回目は見事6本のピンを華麗に受け止めてお客さんに拍手と投げ銭を盛大に頂きました。

少し話すことができました。今は40歳で子供も2人居る立派なお父さん。当時から付き合っていた日本の娘さんと結婚しているから日本語はペラペラです。ヨーロッパで大道芸やサーカスに入って生活をしていると話してくれました。夫人の故郷大阪に家族を置いて関東に武者修行に来ているというところで、明日からのスケジュールもびっしりと埋まっていました。

野毛大道芸の本拠地だった「フラスコ」「を思い出させる不思議な出会いでした。

野毛大道芸

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